Erv's Letters index Text by Erv Yamaguchi


あべこべHY戦争(1)
2009年4月15日 11:29

 今回は、皆さんも感じているであろう、ホンダとヤマハのリッターSSとmotoGPの関係によるマーケティングの違いについて考察してみよう。

 皆さんもお気付きのように、ホンダのCBR1000RRとRC212Vは、“がわ”(カウル類)のデザインが酷似しているが、エンジンはCBR1000RRが直4なのに対し、RC212VはV4となっている。
 一方、ヤマハのYZF-R1とYZR-M1は、エンジンが共にクロスプレーンの直4と同じになったというのに、“がわ”は似ても似つかないルックスとなっている。

 私の個人的に理想と考えるマーケティング理論によれば、レーサーとレーサーレプリカは、ルックスもエンジンの形式も同じにした方が良いと考えており、04年のZX-10Rのセールスの成功は、正にそこにあったと考えている。

 しかし、ホンダとヤマハは、アプローチが対照的なので、マーケティングのケーススタディとして、大変興味深い事例研究として以下に取り扱ってみよう。

★ホンダ
 これを読むサラリーマンの皆さんならよくご存じのように、いくら現場が頑張っていても、仕事の上で良い結果が出ないのは、トップの判断ミスに起因していることが多い。また、逆もしかりであり、現場が大して頑張っていなくても、仕事の上で良い結果が出ているのは、トップの好判断の賜物であることが多い。つまり、カオス理論によるところの“初期値に対する鋭敏な依存性”のことだが、では、以下には具体的に考えてみよう。

 ホンダというメーカーは、創業者の有名な言葉通り、レースは“走る実験室”だと考えるメーカーだと、私を含めた多くの人がそう思っている。
 しかし、F-1に関しては、エンジンの開発をしてはいけないという未来がやってくることを敏感に察知したのか、金がなくなったことをキッカケに撤退してしまった。

 同様に、motoGPにおいても、ドルナがF-1ライクな考えを持っていることを察知したのか、最近のホンダは、正確にはホンダの上層部は、まるでやる気を失っているように感じてしまう。

 象徴的なのが、ホンダのトップダウンによる、“がわ”のデザインをCBR1000RRと同じにしろ命令で、レーサーレプリカというのは、レーサーがベースにそれをレプリカするのが常識なのに、ホンダのmotoGPマシンは、レーサーがストリートレプリカになってしまい、それでいて、エンジンは「素人には見えないからいいだろう」と言った調子で、CBR1000RRは低コストな直4のままで売っている。

 しかし、結果的にレースで勝てなくなろうが、CBR1000RRのセールスは比較的好調なので、ホンダの上層部の経営判断は正しいのかもしれないが、ホンダはそのツケを、motoGPで戦う現場の人達のノイローゼと引き換えにしている。

 つまり、昔と違って、現在はレースの結果とセールスの結果は一致しないということを冷厳に判断しているのが最近のホンダと言え、セールスの現場が苦もなくCBR1000RRを売りさばけるのは、“がわ”重視のトップの判断の結果であり、レースの現場が苦労し結果が出ないのも、トップの判断の賜物のようだ。

★ヤマハ
 ホンダとはまるで正反対のアプローチを示したのが、伝統的なホンダのライバルのヤマハだ。

 ヤマハは、もちろんYZF-R1と同じ“がわ”をYZR-M1に移植しようとなどしないが、逆に、YZR-M1の“がわ”をYZF-R1に移植しなかったというのに、なんと、素人には分からず、“見かけ”には全く影響しない、クロスプレーン型のクランクシャフトをストリートバイクとmotoGPで共有してしまった。

 ホンダの上層部は、この瞬間にモエの泡に酔いしれたかもしれないが、ヤマハとしては、motoGPをセールスの道具とせず、SBKをセールスの道具にしているのだと思われる。

 つまり、motoGPで開発したテクノロジーを使った市販車を、今度はSBKで走らせ、SBKで勝つことにより、YZF-R1を売ろうという戦略であり、motoGPはSBKの為の“走る実験室”としている訳だ。

 しかし、これではどっちがホンダかヤマハか分からないという、まるで“あべこべ”の時代がやってきたと言える。

★ホンダvsヤマハの場外乱闘
 ヤマハファンであれば、コンペティブなマシンを持ち込み、レースを“走る実験室”とするべき聖なる場所のmotoGPの場にて、セールスを優先するホンダは、motoGPを冒涜しているという怒りの対象となるだろう。

 しかし、ホンダの上層部は、そもそもバイクを売らなければ、レースの資金などないという経済の原則を冷厳に語り出すかもしれない。「我々は負けない試合をする」という訳だ。

 正に、ニワトリと卵の話のようだが、バイクを売って、儲けてからイージーマネー(あぶく銭)でレースに参戦するのか? なけなしの小遣いでレースに参加して、勝つことで市販車のセールスを伸ばすのか? あなたが経営者なら、どちらをセレクトするだろうか?

 ちなみに、儲けてからレースに出るのであれば、あぶく銭を稼ぎ出す為にも、“楽して”儲ける必要があり、その為には“ブランド戦略”が有効である。SBKに参戦したBMWのように。
 また、勝ってから儲けるのであれば、勝つ為の“技術力”が必要である。零細企業だった大昔のホンダのように。

 つまるところ、経営者は自分の会社に、“ブランド力”があるのか、はたまた“技術力”があるのか、両方を天秤にかけながら、その中間のどこかで“落とし所”を探って経営判断している。

 そしてホンダは、自身のブランド力を過信し、ヤマハはロッシに大金を払い、ヤマハのブランド力がライダーのブランド力に食われたことで、相対的に今は“技術力”で勝負していると言える。

★両立て戦術
 物事を無慈悲に要約して暴力的にシンプルに語っているので、もちろん異論は承知で書いているが、誰の目にも明らかなのは、成績もセールスも全てうまくやっているのがドゥカティという事実である。

 ドゥカティは、自身のブランド力を過信しながらも、技術もフル投入しており、レースの成績もセールスも、共にエクセレントな結果を出している。それにくらべると、ホンダとヤマハは戦略が偏っており、片手がいい思いをしても、片手が苦労するというシーソーゲームをしているように感じてしまう。

 以前私は、ドゥカティは絶対にLツインを死守するべきで、motoGPのL4の投入は、ブランドイメージを下げ、Lツインの売上の減少につながると語ったことがあったが、まさかL4のmotoGPのレプリカを出してくるとは夢にも思わなかったので、この高価格なデスモセディチRRを販売したことは、私にとって想定外だった。

 しかし、ドゥカティは、このmotoGPレプリカの販売で、更に自身のブランドバリューを高めたのは、本当に素晴らしい出来事だったと言える。そして、これで世界中のセレブが日本製のバイクにまたがることは無くなった訳だ。

★ドゥカティが両立て戦術を採用できるワケ
 これは何度も言っている、というよりかは、『アーブの手紙』の底辺を流れる潮流だが、ホンダの戦略が偏っているのは、ホンダのトップは、4輪の世界戦略にほとんどの頭脳を使っており、2輪は片手間で売っているからであり、ヤマハの戦略が偏っているのは、2輪の運転免許も持っていないようなヤマハの社長も、産業用ロボットなどの儲けが大きいビジネスについて考える時間の方に多くの労力を注いでいるからだろう。

 また、これまた何度でも言う話だが、2輪事業においてさえ、ホンダとヤマハはフルラインというデパート戦略を採用しているおかげで、CBR1000RRを買いにきた顧客は、中国産のスクーターを視界に入れながら商談するハメになり、YZF-R1を買いにきた顧客は、台湾産のスクーターを視界に入れながら商談するハメになっている。しかし、イトーヨーカドーでシャネルのドレスは売れない。

 これに対して、ドゥカティの顧客はLツインのみを眺めながら商談し、運が良ければ、たまにデスモセディチRRを買う顧客の商談に遭遇し、ワクワクすることが出来る。

 その理由は、ドゥカティの経営者は、ロードタイプのバイクを売ることだけに専念しているからで、オートバイ専門メーカーというだけでなく、『ドゥカティ』を売るメーカーになっていることで、レースとセールスのリンクを強固にすることが出来、相乗効果は最大限に発揮していると言える。


『あべこべHY戦争(2)』に続く




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