Erv's Letters index Text by Erv Yamaguchi


自己防衛としての肉食拒否 2008年3月25日 10:58

小林ゆきのブログ記事

 ↑のエントリの中の、「がっつりご飯も食べずに肉でお腹いっぱいになったおかげか、翌日からの筋肉痛はかなりラクでした」という記述だが、これは、「バイクを走らせていたらピスントリングが摩耗して調子が悪くなったので、ガソリンタンクにピストンリングを入れたら翌日には調子が戻った」と言っているに等しいロジックであると同時に、私は彼女の身の危険に対しても心配になったので、以下には、肉食におけるメリット・デメリットなどを公平に考察しながら、肉食について考えてみることにしよう。

★肉を食べるメリット
 美味しい。

★肉を食べるデメリット
 私が持ちうる全ての知識をフル動員して肉食のメリットについて語り尽くしたので、次には、相当に弱っている“おつむ”の持ち主である私の、少しかじった程度の非常に薄弱な知識から、肉食のデメリットについて語ってみよう。

 さて、最初に結論。我々人類の身体は、本来、肉を食べるようには作られていない。えっ? 何々? 「そんなまさか?!」だって? では、肉食動物と草食動物と人類における生理学上の比較を簡単にご説明しよう。

肉食動物 草食動物 人類
・かぎづめあり。 ・かぎづめなし ・かぎづめなし。
・毛穴なし。舌で発汗。 ・毛穴から発汗。 ・毛穴から発汗。
・引き裂く為の鋭い前歯あり。
・鋭い前歯なし。 ・鋭い前歯なし。
・噛み砕く為の臼歯なし。 ・臼歯あり。 ・臼歯あり。
・腸の長さは体長の3倍。従って急速に痛む肉は早く排出される。 ・腸の長さは体長の10倍から12倍。 ・腸の長さは体長の12倍。
・肉を消化するために胃酸の濃度強。 ・胃酸の濃度は肉食動物の20分の1。 ・胃酸の濃度は肉食動物の20分の1。

 人体の構造を調べると、人類は本来菜食をして生きるように作られているという結論に達するようだ。例えば、木の実や果物を食べるサルと人類の歯や胃は大変クリソツ(似ている)だが、ライオンやトラなどの肉食動物の歯や胃と人類のものでは、その形状は全く異なっている。
 つまり、これが全てだが、人類が本来食べるべき食物以外のモノを食べれば、生理学上、様々な問題が発生しかねない。しかし、こんな単純なことが隠ぺいされ、テレビをつければデタラメな飽食グルメ文化ばかりがさかんに宣伝されている訳だが、いつものように私は、これには何か訳があるのではないかと思ったので、人類の肉食文化の歴史に対して無心の探索を行ってみた。

★木から下りたサル
 人類に似たサルは木の上で生活している為、木の実を食べているが、人類ももちろん木の実も食べるが、木から下りたサルと言える初期の人類は、木の実以外にも、地上に生えている様々な植物を食べていたようだ。しかし、もちろん、人類には肉食動物のような鋭い爪や牙がなく、すばしっこく動き回る動物を捕まえ、解体し、それを食べることはなかった。そんなメンドーなことをするよりも、全く動かない植物を採集した方が圧倒的にラクだったからである。
 そして、木から下りたサルと言える初期の人類がよく食べたものは、イモだったのではないかとも言われている。もちろん、最初の人類は、道具も火も持ち合わせていなかったので、イモを掘り出して、そのまま生で食べていたようだ。
 ちなみに、人類の祖先はアフリカにいたそうだが、アフリカでは、今でもイモを主食にしている人達が多いという。また、イモが食べきれないほど沢山あった場合には、土をかけておけば保存できる訳だが、土をかけてイモを放っておくと、イモからは芽が出て、葉がしげり、新たに子イモが出来あがる。こうした一連の素手で行った作業には、全く道具が必要ではなく、弓や矢を使った狩猟よりもはるかに簡単で優しいものである。こうした、極めて原始的な植物栽培の歴史が、約300万年続いた。

★道具と火
 人類が肉を食べ始めたのは、約100万年前だと言われている。つまりは、動物を殺す為の弓矢の発明や、捕まえた動物から肉や臓器を取り出す道具や火が使われてからという訳である。従って、人類が狩猟によって肉を食べていたというのは事実だと思われるが、前述したように、狩猟よりも採集の方が圧倒的にラクなので、人類が肉を食べていた量は、ごく少量だったようだ。

 ここで我が国に限った話をしてみよう。我々の国の人達も、恐らく肉を食べていたという歴史もあると思われるが、中国経由でインドから仏教を輸入したことで、仏教の殺生禁断という教えに従い、日本人は明治維新までは肉を食べなかった。もちろん、バレないように、裏山からイノシシを捕まえて伝統的な“シシ鍋”とかを食べていた気もするが、それにしても食べていた量は非常に少なく、年に数回と言ったレベルだったであろう。

★開国&敗戦
 しかし、明治維新を過ぎてからは、脱亜入欧の考えが強かった人達から、西洋人に追いつき追い越す意味で、日本人も肉をだんだん食べ始めた。
 しかし、そうは言っても庶民にとっては肉は高嶺の花で、まだまだ食べている量はごく少量だったが、それは、日本人の中にまだ殺生禁断の精神が根強かったことと、肉を食べるべきだと主張する人達も、同じ日本人で、それほど肉食に対する必要性の強迫観念も少なかったからなのではないかと思われる。

 しかし、こうした状況を覆す出来事が起こった。それは第2次世界大戦の敗戦で、天皇陛下がアメリカに対して無条件に降伏すると、アメリカは経済戦略を持って日本に上陸した。つまり、彼らの目的は日本の奴属化である。
 そして、アメリカは日本を自国にとって都合の良い国にすべく、色々と画策した訳だが、アメリカ製品を永遠に日本人が買い続ける為にも、自国の余剰農産物を日本に売り付ける経済戦略を遂行した。そして、手はじめに行ったのは、自国で余っていた、まずいので誰も飲まなかった脱脂粉乳を日本の子供達に与えたことだが、その後、伝統的な日本食を破壊する目的で、給食はパンと牛乳、そしてハシは使わせないように、先がフォークのような形状のスプーンで食事するように仕向けた。

 また、アメリカは、自国の余剰農産物を売り付ける為に、日本に肉食という文化を植えつけることにも成功した。例えば、日本人を経済的に豊にしてどれだけ太らせても、日本人の胃袋の大きさには限界があるが、対象とする国に肉食という文化を植えつければ、普通に食べる穀物の量の、約10倍の量の穀物を売り付けることに成功する訳である。つまりは、肉食文化とは、穀物の圧縮文化に他ならない。

★生産に必要な穀物の量
タマゴ
ニワトリ
ブタ
牛肉
1キロ → 3キロ
1キロ → 4キロ
1キロ → 7キロ
1キロ → 11キロ

 こうして、我が国はアメリカの経済戦略のワナにハマり、肉食文化を謳歌する訳だが、そうなると、肉食は体に良いという理論があった方が、日本人はより肉を食べるようになるだろう。そこで利用されたのが、約200年前にドイツで誕生した、数千年の歴史を誇る伝統的な日本食に比べれば、まるで子供のたわごとのような栄養学だった訳だが、「人間の体はタンパク質で出来ているのだから、人間にはタンパク質が必要だ」という、耳タコのような“タンパク質神話”が誕生し、筋肉痛には肉食が効くという、都市伝説のような盲信までブログで散見される時代がやってきた。

★タンパク質神話
 皆さんが“タンパク質の為”とせっせと食べている牛は、体重が500キロもあり、立派な肉でその体が出来ている訳だが、皮肉なことに牛は全く肉を食べない。牛が立派な肉を作るに当たって食べているものは、植物である。

 牛と人間はルックスが違いすぎるので、イメージが湧かないという人にサービスしよう。皆さんは、恐らくゴリラと握手する機会はないかと思われるが、ヒトはゴリラとは絶対に握手してはいけないそうである。なぜならば、ゴリラは握力が200キロもあり、ゴリラと握手すると、あなたの手は粉々に砕かれてしまうからだそうである。しかし、こうした200キロもの握力があるたくましいゴリラは、皮肉なことに果物しか食べない。ゴリラのあの立派な筋肉は、肉を食べずしてどうやって作られているのだろうか?

 これだけでかたがつく話なのだが、別の話もしてみよう。我々が毎日放出しているオシッコには、アンモニアという成分が含まれているが、我々が口にする食べ物で、アンモニアを含んでいるものはない。つまり、人間の体というのは、原子転換装置みたいなもので、口から入れたものを、様々な形に変化させてしまう訳だ。(口からとは限らず、日光浴していれば体内でビタミDも形成される)これが為、肉を食べない人も、別に体の成分であるタンパク質を作るに当たって、肉にこだわる必要はないのだと言える。また、そもそも江戸時代の人や、原始人達は全く肉を食べずに体が出来あがっていた訳だと言うのに、「人間の体はタンパク質で出来ているのだから、人間にはタンパク質が必要だ」というのは、科学的な理論というよりかは、どこか宗教における洗脳にも感じられる。

★体力の源
 肉を食べないと元気が出ないとか、力がつかないという話も多い。では自然界を見てみよう。肉食動物が草食動物を襲う為に1日に費やす時間は約2時間程度だと言われている。彼らは瞬発力こそ優れているが、少し全速力で走ると、すぐに疲れて休んでしまい、狩猟していない間の彼らは、残りの時間は疲れてゴロンとしている。皆さんもこれまでの様々な動物番組で、失敗しても最後までは追いかけられない持久力のない肉食動物の姿はよく見ていることだろう。
 それに対して草食動物は、寝ていない時間はほとんど移動の為に費やしていて、極めて元気に活動している。また、草食動物がエサのある地域に場所を移動してしまった後、残された肉食動物は場所を移動する体力がなく、その場に居座っていたという皮肉な話もあるようだ。

 つまり、肉食は体を疲れさせ、体力を奪うのである。手元に原本がないので不確かだが、確か、ケニー・ロバーツ・シニアも、レースの数時間前から本番までは、肉食を控えて果物を食べるよう著書に書いていたような気がする。それは、肉の消化には時間がかかる為、力をつけようと本番直前に肉を食べても、レース中に消化活動が継続している為に、皮肉なことかえって体力を奪ってしまうからといったことが書かれていた気がする。

 また、カール・ルイスは、かなり厳格なベジタリアンだが、彼に体力や元気がなかったと思う人はいないだろう。

 また、iPodやマックを愛用している人は、アップルの創業者のスティーブ・ジョブスは知っていると思うが、彼も厳格なベジタリアンである。体力がなく、元気もない人が、iPodやマックの開発など出来たのだろうか?

 また、ミュージシャンにはベジタリアンが非常に多い。海外のアーティストでは、アヴリル・ラヴィーンなどがベジタリアンだそうだが、こうしたアーティスト達が、肉を食べずに激しい運動を伴うコンサート等を行っているのは、どうしてなのだろうか?

 また、ランナーや経営者やミュージシャンなどの職業ならば菜食でも構わないかもしれないが、格闘家はそういう訳にはいかないと思う人もいるかもしれない。しかし、400戦無敗の肩書きを持つ総合格闘家のヒクソン・グレイシーは、徹底した菜食主義者であり、格闘家に肉が必要というのは、単にイメージだけとも言える。また、他の格闘家にしても、そのイメージに反して、普段はあまり肉を食べない人が多いだけでなく、強靭な肉体を作ろうとしたら、最終的には菜食主義に行きつくというケースもあるようだ。ヒクソンはその典型だろう。なぜならば、人類は本来肉食が出来ないのだから。

 しかし、肉を食べずに成功した人がいたとしても、それは個体差に過ぎないという反論もあるかもしれない。では、古い話だが、野球チームに白砂糖と肉食の禁止を取り入れて成功した例を紹介しよう。その昔、ヤクルトで監督を勤めていた広岡監督は、チームに自然食を取り入れ、万年Bクラスのヤクルトスワローズを日本一に仕立てた。しかし、乳製品が売りづらくなりそうなこうした戦略に対してヤクルト本社からクレームがつき、広岡監督はヤクルトを去るハメになった。もちろんこうした事情は一切封殺されている。しかしその後、広岡監督は西部ライオンズに行き、選手達の食生活に以前と同じく白砂糖と肉を禁止した自然食を取り入れたが、マスコミは、ライオンが野菜を食べるヤギになったと広岡監督をバカにした。また、白砂糖と肉はガンの原因になるという食事改善法に対して、ロッテや日本ハムが敵意をむき出しにしたことは想像に難くない。しかし、広岡監督は白砂糖と肉食を禁止したこの食事改善方法を使って、西部ライオンズを最下位から日本一にすることに成功した。チームプレーが特徴の野球での成功は、個体差とは無関係なのではないだろうか?

ベジタリアンの有名人を紹介しているサイト

★生活習慣病
 肉を食べても元気にならないどころか、肉食には害しかない。具体的には脳卒中、心臓病、ガンと言った生活習慣病の原因となっている。しかし、食べて1年以内に死ぬという種類のものではないので、タバコと同じで、人類を“ジワジワと”殺していくのが、肉食文化である。

 コマケー資料を集めると膨大な量の情報が集まってしまうので、1例だけ証拠を示そう。
 1917年、連合軍は北ヨーロッパのドイツ占領地の周囲に封鎖艦隊を派遣した。すると、デンマークはとばっちりを受け、通常の食糧供給ルートが断たれてしまった為、デンマーク政府は仕方なく、ジャガイモと大麦の供給量を増やして、食肉の供給を事実上廃止する食糧配給制度を開始した。つまり、デンマークの人達はこの時、不可抗力に一夜にして全員が突然に菜食主義者になってしまったのである。そしてその結果、興味深い現象が起きた。配給制が始まってたったの1年で、病気による死亡率が34%低下したのである。

 こうしたストーリーは、肉食が様々な病気を引き起こすという証拠のほんの1例に過ぎないが、すでに我が国においても、日本人が食べる肉の量が増加することと比例して、日本人には生活習慣病が増えていることが尊敬すべき有識者により指摘されている。しかし、そうした主張をあざ笑うかのように、メディアによるデタラメな飽食グルメ文化の宣伝に影響されているのか、コマーシャリズムに従順な多くの日本人は肉食の害に対する意見には全く聞く耳を持たない。そして、日本人は霜降り牛肉やその他の穀物飼養畜産物を多食し、体内に多量の飽和脂肪酸とコレステロールを蓄積することで、文字通り自滅への道を突き進んでいる。肉を食べると、脂肪が血中に蓄積し、動脈を詰まらせ、細胞壁を覆い、血管を塞ぎ、代謝とホルモン分泌を変化させ、細胞の形成を促進し、器官を破裂させる。こうして、肉を多食する日本人の死亡原因のナンバー1は、約30%のガンとなり、他の原因とあわせると、死亡原因の60%は生活習慣病となり、老衰で死ぬ人の割合は約2%にまで低下した。

 つまり、肉食文化が約束した“豊な生活”とは裏腹に、すでに人間にとって、タンパク質の階段の頂上で暮らすことは命がけだということが明らかになっている。しかし、我が国の政策立案者の間から、日本人の肉食を禁止するという法案は絶対に持ち上がることはない。えっ? なぜかって? それは、国民の中で最も肉が大好きなのは、他ならぬ政治家だからである。

 しかし、ここで上記のような様々な研究結果を揃えて肉食の害について語らなくても、恐らくここに集まるリテラシーの高い多くの読者諸氏は、肉食がそれほど素晴らしいものだとは考えていないと思われる。また、特に中年以降の人ならば、自分自身の体についた余分な脂肪を気にして、出来ることなら肉食を減らしたいと考えていることだろう。インターネット上では、あくまでも栄養学を盲信し、菜食主義懐疑論を唱えたり、肉食肯定を論じたりする人もいるが、多くの人はそうしたヒステリックな主張に同調しているのではなく、単に「美味しいから」肉食がやめられないのであり、また、深く考えずとも、街には肉を使った料理が溢れていて、特別意識しなければ、「隣と一緒になれ」圧力により、ごくフツーに肉を食べさせられるような社会の構造となっている。

★多様な食文化擁護の姿勢
 インターネットなどで、ベジタリアン(菜食主義者)とミータリアン(肉食主義者)がディベートし、その後、菜食vs肉食のディベートが不毛だと双方が気付きだすと、菜食主義懐疑論者や、肉食肯定論者の方達は、次にベジタリアンを非難し、自分達を自己肯定する為に、「人類は雑食なのだから、ベジタリアンと言えども、人類の多様な食文化を否定するべきではない」という居直りを始める。つまり、“食べる権利”を主張し始める訳である。しかし、逆説的には、菜食主義者は“食べない権利”を主張しているのであり、結局双方は交わることなく、別々の道を歩むことになる。そして、私はそうした場面を沢山見てきた証人でもある。

 そして、私自身、皆さんとヒステリックに議論するつもりもなく、むしろ皆さんの健康問題まで考えられる程、自分自身に余裕もないので、むしろ、自分だけが助かろうと考える、ほとんど利己主義と言った調子で肉食を拒否している人間である。
 そしてもっと厳密に言えば、私自身は菜食主義者ではなく、玄米と雑穀に野菜のみそ汁、そして少量の『小女子(こうなご)』や『いわし甘露煮』などの、近海で取れた丸ごと食べられる小魚などをおかずにして食べている、日本の伝統的食事スタイル至上主義者であり、マクロビアン(マクロビオティック食事法の実践者)に近い食生活を送っている。つまりは、繰り返しになるが私は厳格なベジタリアンではなく、好き好んで野菜を食べている訳ではないので、どちらかと言うと、菜食主義者ではなく、肉食拒否主義者と言える。

 しかし、私は生まれていきなりこうした人間になった訳ではなく、ここまでなるには長い時間もかかっていたことを告白したいと思う。
 私が冒頭に紹介した、人類は元々肉食に不向きな構造を持った生物だと知ったのは、15歳の時だが、当時の私は、「ふ〜ん、そうなんだ〜」位にしか考えず、そのままバクバク美味しい肉を食べ続けていた。しかし、22歳で経営者になる直前に、経営者になる為には、正確な判断力が必要だと考え、それまでデタラメな飽食グルメ文化を謳歌していた私は、経営者になる為に自分自身に対してストイックになり、食生活を“食い”改めた。
 しかし、22歳の時に菜食ライクな食生活にしたものの、たまの外食ではまだ肉を食べていたので、パーペキな肉食拒否は行っていなかった。しかし、その後25歳で転機が訪れ、伝統的な日本食に食生活を切り替えると同時に、ウシ、ブタ、トリの肉はパーペキにシャットアウトした。つまり、肉食の害を知ってから、完全な肉食拒否主義者に至るまで、私自身10年もの歳月がかかったのである。

 つまり、私自身は宗教的な戒律でもなく、動物愛護の為でもなく、自分自身の健康リスクを100%優先した極めて利己的な姿勢で肉食を拒否した訳で、それと同時に、幼少期の経験から、お肉の麻薬的な美味しさなども重々承知しているので、戒律や動物愛護精神に溢れるベジタリアンのヒステリックな肉食に対する忌避感に対して、肉を食べる皆さんが違和感を感じる理由もよく理解できる。

 更にもっと言えば、私はロードレースに参戦していた事もあるし、ビジネスと言う世界で競争もしていた人間で、ライバル達に対しては、どんな些細なアドバンテージでも歓迎していたので、私自身が肉食の害について知っていることで、健康的で正確な判断力を発揮し、他のライバル達は世の中の迷信に従って肉をジャンジャンバリバリ食って堕落して頂きたいとも考えていた。なんとも市場原理主義者らしい考え方だ。(笑)

 しかし、今年に入ってからの私は、競争社会よりも、相互扶助社会を目指すというスタンスに人生の路線を変更したので、こんな文章を書くハメに気になった訳である。全くもって出血大サービスだ。(核爆)

★食べているのは工業製品
 誤解してもらいたくないが、これまでのように肉食を肯定し、人類の多様な食文化を否定することは良くないことだと考える方は、そのまま法律にのっとり、人間の“食べる権利”を主張して、デタラメな飽食グルメ文化を謳歌して頂いて構わない。私は肉食に関わる人達と裁判で争う気もないし、余談だが、私は弁護士と10分以上電話で話すとイライラしてくるのだ。

 また、もしあなたが、ランボーのように自分で苦労して裏山でイノシシを捕まえて、伝統的な“シシ鍋”などを時々食べる分には、エントロピーの増加も地球規模では無視できるレベルだし、あなた自身の健康被害も非常に少ないと思われるので、まるでシーシェパードのように、「イノシシを殺すなんて残酷だーっ!!」などとヒステリックに糾弾するつもりもない。

 しかし、多くの肉食肯定論者の方達の言う、「人間は元々狩猟採集を行っていたので、人類は肉を食べるべきだ」という意見には、私はあまり同意できない。
 なぜならば、現代人が食べている肉は、狩猟して得たものではなく、人間が食べる為に作り出されたものだからで、解体流れ作業と冷蔵輸送の新技術を利用し、狂牛病ウィルス、ウシ白血病ウィルス、牛エイズウィルスなどの感染の恐れのある、工業製品としての牛肉は昔は食べていなかったと思われ、昔の人が、裏山に住むイノシシを狩猟して、伝統的な“シシ鍋”とかを食べていたことと、ヨーロッパと北アメリカで開発され、中南米で放牧され、主要穀物生産国からの輸出穀物で肥育され、国際規格に基づいて加工され、その原産地から最も遠く離れた社会で牛肉を消費していることを同列に扱うのは、控えめに見積もっても、“オメデタイ”と考えられるからである。

『いのちの食べかた』の予告編

★牛肉が出来るまで
 よろしい、ここまで読んでもまだ頑迷なあなたの意見も尊重してみよう。つまり、5千万歩譲って、たかだか200年の歴史しかない、新しい栄養素が発見されるたびに推奨するメニューが増え、1日に35品目のおかずを食べるべきだとするおめでたい栄養学(そんなに食べたら明らかに過食でデブになる)に従い、500%肉は体に良いと仮定して、もし肉を食べると健康になり、力も発揮して元気になったとしても、果たしてあなたが食べている肉の安全性は担保されているのだろうか?

 では、全ての肉について語ると大変なので、ここでは最も怪しさ満開調のアメリカ産の牛肉が出来るまでについて語ってみよう。
 まずウシの子供を作るに当たっては、親のウシは発情期を同時化する薬が開発されているので、この薬を全ての雌牛に同時に投与すれば、雌牛は同時期に発情する。ちなみに、この薬が売り出された当時のメーカーのキャッチフレーズは、「もう気まぐれは許さない」である。
 次に、薬により生産計画が立てやすくなった雌牛を群れから引き離して人工授精させ、その後生まれたオスの子牛は、“従順な”性格と良質な牛肉を作る為に去勢される。去勢には色々な方法があるが、去勢機と呼ばれる道具で索状組織を押しつぶすという方法もある。
 そして、ウシ同士が傷つけあわないように角が除去される。一般的には角の根を焼灼(しょうしゃく)するペースト状化学剤が使われるが、電気で角の組織を焼いたり、麻酔もせずにノコギリで角を切り落とす場合もある。
 アメリカの大規模な飼育場では、何千頭ものウシが身動き出来ないほどびっしりと押し込まれて、できるだけ早い時間で最適な体重にする為に、肥育管理者は成長促進ホルモンや飼料添加物を含む様々な薬を使用している。
 しかし、密集飼育によって畜舎や肥育場が汚染し、病気が蔓延することもあるので、飼料には大量の抗生物質を添付していたが、畜産業界は抗生物質は使った事実はないと発表しているものの、実際には“背に腹”で、抗生物質が投与されているのは間違いないようだ。

 そして、去勢され、薬を投与され、角を落されたウシ達は、1日中飼料槽に頭を突っ込んで混合飼料を食べ続けているが、この飼料は除草剤で汚染されている。そして、この汚染された飼料を食べ、次にその牛肉を人間が食べると、人間の体に農薬が蓄積される。ちなみに、全米科学アカデミーが発表した農薬汚染による発ガン率が最も高い食品はトマトで、2番目が牛肉である。また、除草剤汚染では牛肉がトップであり、殺虫剤汚染では牛肉は3位である。

 また、一部の肥育場では、経費削減の為に、ボール紙、新聞誌、おがくずを混ぜたり、ウシを短期間に太らせる為に、産業廃水や油脂を飼料に混ぜている場合もある。

 また、ウシを最適な体重にする為には、ハエも障害になる。ウシの周りをブンブンとハエが飛び回ると、ウシをイラ立たせ、飼料を食べる邪魔になり。ウシの体重が1日に200グラムも失われしまうからである。また、ハエは伝染性角膜炎といった病気の原因にもなる。従って、肥育管理者はハエを殺す殺虫剤をまくことになる訳だが、数千頭ものウシが飼育されている大規模な飼育場では、これに飛行機が使用される。そして、空中散布用の飛行機は、畜舎の上空を往復しながら殺虫剤を散布し、ウシが育つ畜舎を毒の雨でぐっしょり濡らす。

★安売り牛肉
 フツーの牛肉の汚染も尋常ではないが、それ以上に恐ろしいのが狂牛病ウィルスである。
 ところで皆さんは狂牛病をご存じだろうか? 狂牛病とは、牛が肉骨粉を食べて犯される病気で、発症すると、牛の脳はスポンジ状になり、発病した牛はほぼ100%死亡する。
 この病気が発覚した後、1996年3月20日には、イギリス政府は「ヒトが狂牛病の肉を食べると新ヤコブ病(スポンジ状脳症)にかかるリスクがある」と発表した。そして、約18万頭が発病したイギリスではパニックとなり、イギリスは9割もの牛肉市場を失ってしまった。
 その後は、アメリカでも狂牛病問題が巻き起こり、日本政府は一時全面的にアメリカ産の牛肉を禁止した。しかし、最近ではアメリカからの圧力に屈した形で輸入禁止措置はなしくずしになり、日本人はアメリカ産の牛肉も再び食べるようになった。つまり、日本政府は日本人の健康リスクよりもアメリカの圧力を優先したのである。毎度のことだ。

 しかし、仮に日本政府が狂牛病が発生した国の牛肉に対して禁輸処置をしていても、あまり意味がなかったという残念な側面がある。それが肉の闇輸出である。
 もしかしたらば、これを読むあなたも、食べ放題や低価格の焼き肉や安売りの牛丼や安売りのハンバーガーを食べたことがあるかもしれない。こうした安売りが成立するのは、肉が100グラム当たり10〜20円で輸入されていたからである。ちなみに、私が知人の肉屋さんから聞いた話では、吉野家で使われている肉の仕入れ値は、タマネギより安いそうである。

 ところで、イギリスで18万頭ものウシの肉が無価値になった時、もちろんイギリスの牛肉価格は暴落した。さて、このタダ同然の肉はどこに行ったのだろうか? もちろん、まともな国ではこうした肉は禁輸しているので入手は不可能なハズである。しかし、アフリカやアジアなどのルールがゆるい国に一旦輸出し、その国を産地とすれば、その肉は例えば“ギニア産牛肉”などになってしまうのである。また、ハンバーガーのようなミンチの肉であれば、混ぜてしまえば産地証明などはうやむやに出来る。ちなみに、当時日本マクドナルドの藤田田社長は、週刊誌で、同社の食材調達法に対して次のように明言していた。

「グローバル・バーチェシング(世界一括購入)といって原材料の世界調達です。牛肉、タマネギ、ポテトは、今どこが一番安いのか、瞬時に全世界から価格情報を集めて、一番安いところから仕入れます」

 このように、最終輸入国の名前を名乗ればいいという抜け道が用意され、市場原理主義者が声だかに叫ぶグローバリズムにより、食べる人の健康リスクよりも金儲けに走る経営者が存在することは想像に難くない。

 えっ? 何々? 日本マクドナルドは守銭奴として悪名高かった藤田田が死んで、今は新しい経営者なので心配ないって? ああ、あの「スマイル0円、残業代も0円」社長のことかね?

★レンダリングプラント
 狂牛病が発生するメカニズムは、ウシの飼料に肉骨粉が使われているからである。この肉骨粉は、レンダリングプラントという施設で、屠殺したが使い物にならない部位(角、ひづめ、腸、骨、血液など)や、病気で死んだ牛、腐りかけの動物の死体、癌に罹った動物、安楽死させたペット、保健所で処分されたペット、動物管理局に捕獲された野良犬、野良猫、そして道で轢き殺された死体などをシュレッダーにかけ、高温蒸気で調理した後加工したもので、以前のアメリカでは75%のウシが日常的にレンダリング処理された動物の死体のエサを与えられていたそうだが、現在は牛の飼料工場の98%以上で肉骨粉が使われていないとのことで、日本政府はアメリカ産の牛肉は安全と判断しているそうだ。しかし、一説によると、アメリカ政府の調査した牧場は実際には数%で、その数%も、調査することを事前に知らせていたヤラセだとされている。

 また、この狂牛病問題は、オゾンホールの問題と似ていて、フロンがオゾン層に達するには15年かかる為、フロンの使用を禁止しても、15年間はオゾンホールは拡大するように、狂牛病ウィルスに犯された牛肉を食べてヤコブ病にかかったという人も、その潜伏期間は10年から20年であり、1996年頃に問題となった肉を食べた人達は、そろそろ発病しだす時期なのである。また、ここ20年くらいの間に牛肉を食べた人は、そのヤコブ病の潜在リスクの可能性が残っており、16年間牛肉を食べていない私ですら、25歳以前に食べた牛肉が原因で発症する可能性があるのだ。

 という訳で、私自身は、世の中のデタラメな飽食グルメ文化に迎合せずに、自己防衛的に肉食文化から積極的に身を引いた訳だが、もちろん皆さんには“食べる権利”があるので、引き続き肉を食べても法律的には何ら問題はない。しかし、ブログなどの公の場で肉食を推奨する場合には、自殺の強要といった要素が含まれてくることには注意を払った方が良いと助言したいと思う。

レンダリングプラントの映像





★追伸:小林ゆきさんへ
 私の文章において気分を害したようであればお詫び致しますが、もちろん小林ゆきさんには、私自身が所有する“食べない権利”同様、“食べる権利”が存在していますので、今後もご自身の肉食に対する抗しがたい欲求があれば、“法律を守れば正義”というスタンスにて美味しくお肉を食べていたたげれば幸いです。しかし、公の場で肉食を推奨する場合には、肉食には様々な健康リスクが存在するという旨を追記すると、余計なお世話ですが、読者に対しては親切心があると思われます。


道義的責任としての肉食拒否へつづく




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