Erv's Letters index Text by Erv Yamaguchi


惑わされる価格 2005年3月2日 19:54

 次の話を聞いて頂きたい。
 杉並区在住の高坂さんは、昨年にCBR1000RRの新車を140万円で購入した。高坂さんはその後、慣らしをかねて、街中を走り、新宿の副都心にて、高層ビルの下で愛車を眺めながらヒーコー(缶コーヒー)を飲んでいた。
 すると、見知らぬ男性から声をかけられ、CBR1000RRについて語り合った。そして、見知らぬ男性は、高坂さんに対して、CBR1000RRを120万円で譲って欲しいと申し出た。高坂さんは、変わった人だと思うと同時に、まだ購入したての自分の愛車を手放す気もないので、もちろん丁重に断った。

 その1ヶ月後、慣らしも無事に終えたところで、高坂さんは休日に箱根に行くことにした。すると、とあるサービスエリアで、再び見知らぬ男性に声をかけられ、CBR1000RRについて語り合った。そして、見知らぬ男性は、再び高坂さんに対して、CBR1000RRを100万円で譲って欲しいと申し出た。高坂さんは、まだCBR1000RRの醍醐味を味わうのはこれからだということも合わせ、愛車を売る気はないので、この時も丁重に申し出を断った。

 その1ヶ月後、峠の次は、いよいよサーキットにてCBR1000RRを走らせようと、今度は茨城県のトミンサーキットにやってきた。そして、高坂さんはサーキットにてスポーツライディングを楽しんだが、パドックにて休憩していると、再び見知らぬ男性から声をかけられ、CBR1000RRについて語り合った。そして、見知らぬ男性は、再び高坂さんに対して、CBR1000RRを70万円で譲って欲しいと申し出た。高坂さんは、立て続けに自分の愛車を譲って欲しいという人が現れたことに対して、だんだんと不安な気持ちになっていった。なぜならば、自分の愛車のCBR1000RRは、走行距離こそ進んだものの、まだ立ちゴケすらしたこともなく、エンジンの調子も絶好調なオートバイだというのに、3ヶ月ばかりの間に、自分の愛車の値段が半分になってしまったからである。果たして、CBR1000RRの中古車の相場はこんなにも急激な勢いで下落したのだろうか? 高坂さんは、一時は本気で愛車を70万円で手放すことを考えた。
 さて、あたなは、高坂さんはCBR1000RRを売った方が良いと思うだろうか? それとも、そのまま乗り続けた方が良いと思うだろうか?

 えっ? 何々? バカげた話だって? そう、IQの高い私の日記の愛読者ならば、まるでナンセンスな話だと思うことだろう。もちろん、3番目の男の70万円などという不当な金額に対しては、臆することなく「No」をつきつけるべきだ、と。

 では次に、もし仮に、高坂さんが買ったものが、ホンダのCBR1000RRではなく、ホンダの“株”だったらどうだろうか?
 下落する株価に対してあなたは、「こんなに急激に下落しているのは、何かが起こっているに違いない! 大損する前に“売り”だ!」と高坂さんに助言するかもしれない。
 しかし、ちょっと待って欲しい、CBR1000RRのケースも、ホンダの株のケースも、両方共、見知らぬ他人がつけた価格にまどわされていることに違いはないのである。しかし、CBR1000RRで平気なものが、持ち株となると不安になり、株価が下がり始めると逃げ出したくなる人が多いのである。

 別の例え話をしよう。
 あなたは数年前に結婚し、昨年は子供も生まれ、幸せ絶好調だったとしよう。しかし、家族が増えたことで、現在住んでいるマンションも狭くなってきたので、念願のマイホームを購入することにした。
 あなたは、坪単価30万円の土地を30坪購入し、そこに1000万円の家を立て、30年ローンを組んだとしよう。
 しばらく経ってから、お隣の空き地にも、家が立ち、隣人ができた。あなたは隣の土地の値段が気になり、こっそり隣人に尋ねると、隣人はその土地を坪単価25万円で買ったという。あなたはちょっと損した気分になったが、まータイミングの問題でしょうがないと自分に言い訳をした。
 しばらく経つと、反対側の空き地にも家が立ち、この家に引っ越してきた隣人にも、あなたは土地の値段をこっそり聞いてみた。すると新しい隣人は、坪単価20万円で土地を購入したと言う。あなたはだいぶ損した気分になったが、果たしてあたなは自分の土地を売るだろうか?

 多くの人は、1度住んだ土地の値段が上下したからと言って、そう簡単には売りはしない。しかし、同様に買った株の価格が下落すると、人は簡単に持ち株を売ってしまったりするのだ。
 これが、伝統的な長期投資のスタイルである、“バイ&ホールド”(買ったら売らない)が出来ない理由でもある。しかし、よくよく考えてみれば、持ち株の株価が下落したからと言ってあわてるのは、恐るべく愚かしいことなのである。

 株はインターネットを使えば、アッと言う間に売り買いできてしまう。しかし、これはワナであり、株を買ったら、CBR1000RRや家を買ったと思って、大事に付き合ったほうが良い。
 もちろん、欠陥車や欠陥住宅をつかまされないことは、その手前の段階で重要なことである。




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