Erv's Letters index Text by Erv Yamaguchi


アーブ山口が伝える民間伝承
2009年10月19日 19:58

FSWショートコース初走行(10月15日のきたりんのエントリより)

 以前からyktさんが日記で富士ショートのことを書いていて、最近特によく通っているようなので、私もまたサーキットでも走るようになったら、右回りのトミンと左回りの富士ショートを交互に走ってタイヤの両側でも使おうかと思っていたが(私は腰痛でストレートが長いコースが走れない為)、yktさんの日記に後押しされたのか、きたりんが富士ショートを走りだしたようだ。

 そして、↑のエントリにて80年代の空前のロードレースブーム直撃世代の方との会話が出てきたが、『スポーツ走行の予約を取る為に昼間(ネット予約どころかインターネットそのものが無い時代なので)職場から電話を掛けまくる』という話が出てきて懐かしかった。

 私自身、23〜24歳の時にシングルレース参戦の為にサーキットを走るようになった際、予約開始の時間と共に、電話機のオンフックとリダイヤルを親指と人差し指で交互に連続して操作しながら、20〜30分後にようやく予約の電話がつながるという経験を味わっていたものだ。(1時間程度で走行券は完売する)

 しかし、この民間伝承はまだまだ甘いので、私が10代の頃に本当にリアルに経験した経験談を以下にご紹介するとしよう。

★原付2種でツクバへ
 きたりんが富士ショートで出会った方が仰るように、80年代の空前のロードレースブームの時には、1ヶ月にスポーツ走行の走行券(1枚30分)が最高で2枚しか買えなかったが、その2枚を購入するのも大変だった。

 そう、今から丁度四半世紀(25年)前の時、私が17歳でツクバのサーキットライセンスを取得した当時は、なんと走行券の電話予約システムも無く、毎月末日だったか1日だったか忘れてしまったが、とにかく翌月の走行券を、月にたったの1日だけ、なんとサーキットに直接行って購入しなければならなかったのである。

 そして、当時の私は前述のようにまだ17歳で、当然クルマを運転することが出来ず、私は当時ストリートでは通勤用にリード125という原付2種のスクーターに乗っていたので、このリード125でツクバサーキットまで走行券を買いに行っていた。

★車検場の2階
 そんな走行券購入の日の話をしてみよう。

 私は走行券が販売される前日の夜、少なくとも夜中の12時くらいにはツクバサーキットに到着できるよう、夜の9時頃に東京の自宅を出て、ひたすら下道を使ってリード125を走らせていたら、最悪なことに途中で雨が降ってきてしまった。

 しかし、そこで命よりも大切な走行券をあきらめる訳にはいかないので、カッパを着てツクバに向かい、なんとか夜中の12時前後にツクバサーキットに到着することができたが、受付では、走行券を販売する為の“整理券”(これは整理目的の券で走行できるシロモノ家電ではない)を配っていて、その整理券を得る為の行列が、第1コーナーのクリッピングポイント付近まできていて、私はその辺りに並ぶことになった。ちなみに、大抵の人はトランポで来ているので、皆さん雨の中傘をさしていたが、私のようにバイクで自走で来ている者はカッパを着て並んでいた。

 その後、夜中の1時くらいには、“整理券”を得る為の行列が第1ヘアピンまで続いたが、その辺りの人で整理券は無くなってしまった。つまり翌月の走行券は完売ということで、当時は、翌月の走行券を得る為に、前月のたった1日だけ“現地で”販売される走行券を得る為の“整理券”を夜中の1時頃までに入手する必要があったのである。

 しかし、今でもよく覚えているが、この雨の走行券販売の日に、夜中の1時頃に1ヘア辺りで並んでいた人で、そんな夜中に来て並んでいたというのに整理券が入手出来なかったという殺気立った人達が、ツクバの当時の職員の人達を囲い込んで、「なんで券がねーんだよっ!」ともめにもめて、この日をキッカケに例の電話予約システムが始まったのである。

 つまり私は、電話予約システム生誕秘話を知る歴史の生き証人という訳だ。(笑)

 話を戻して、前日の夜9時に自宅を出ていた戦略が功を奏した私は、夜中の3時頃に無事に整理券を入手し、後は朝の9時頃から始まる走行券の販売を待つだけとなったが、ほとんどの人達がトランポでやってきて車内で仮眠する中、私のようにバイクで自走で来てしまった人達も10人くらいはいて、そうした人達と共に、私は雨の中、走行券の販売が始まるまでの残りの6時間あまりをどう過ごせばいいのか途方に暮れていた。

 しかし、サーキット職員の方達が、そんな我々に対して、車検場の2階部分を解放してくれ、そこにはストーブもあり、私は他の自走の人達と共にストーブにあたり無言で暖を取った。

 しかし、ストーブの温かさは限定的で、1階へつながる階段を通じて外の寒さが中に入ってくる車検場の2階は、“おんも”よりかは少しはマシというレベルだったので、私は床に座り込んだまま、唇を震わせながら朝が来るのを待った。

★現在過去未来
 そこまで苦労して得た走行券は、当時のサーキット野郎にとっては、前述のように命よりも大切なシロモノ家電だったので、当然、本チャンのスポーツ走行では、1周でも多く走ろうと、我先にピットに並ぶのが当然のならわしだった。

 今でも私は、走行が始まるかなり前からピットに並んでスポーツ走行のポールポジションを取ってしまい、昔の懐かしい根性論的風習が身に付いてしまっている事に我ながら苦笑してしまうが、37歳の時に中年リターンライダーとしてミニサーキットにやってきてみると、スポーツ走行の単位が30分ではなく、半日とか1日とかで、実際に走行に来ている人達も、好きな時に好きなだけ走るというスタンスで、昔に比べれば、空爆中のアフガンと常夏(とこなつ)のハワイくらいの違いがあると思ったものだ。

 誤解してもらいたくないのは、昔の人達は根性が入っていたのに、今の人達がふぬけだと批判したい訳でもなく、どちらの状況も、時代背景が生んだ当然の帰結として、私は冷淡に受け止めている。

 否、個人的には、私もきたりんと同じく、メルセデスのトランポにカーボン外装の外車と高級犬を載せてくるクラスタに入りたいし(笑)、現在は事前に自走で走行券を買いに行くなどまっぴらごめんだが、今年に入ってからの円高にいい気になって仕入れたカーボン外装の外車が買えそうな位の在庫品の金額を見て日々クラクラきていて、キャッシュは全て仕入れに回してしまう現況では、全然自分のバイクを買うリアリティーが生まれないという今日この頃である。

 つーか、いくらなんでも商品で倉庫が一杯になってきたので、とっとと店頭売りも出来るお店も借りなくては…。

 そんなこんなで、昔は生きていくことよりもスポーツ走行の走行券の購入を優先していたが、現在はバイクなんかよりも生きていく事の方が数倍重要だよ。(爆)

 という訳で、現在も過去も色々と苦労が絶えないが、今後の未来に対しては、メルセデスのトランポにカーボン外装の外車をサーキットに持ち込む人が飼っている“犬”に来世で生まれ変わるのが、現世でのせめてもの私の希望である。(今よりも贅沢な寝床と食事にありつけそうだ)




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